「人面瘡(作品集)」(横溝正史)

そういう意味で何とも残念な一冊

「人面瘡(作品集)」
(横溝正史)角川文庫

「眠れる花嫁」
警官殺害の現場となった廃屋の
アトリエで見つかった女の死体。
数年前にも同じ場所で
凄惨な死体遺棄事件があった。
驚くべきことに両者とも
死後情交の痕跡があったのだ。
やがて謎の屍姦魔による
第2、第3の犠牲者が…。

金田一耕助の短篇5篇を集めた
作品集です。
グロテスクでおぞましい「眠れる花嫁」、
古い因習渦巻く村落で起きた
殺人事件を扱った「湖泥」、
孤島での死体隠蔽の
トリックが秀逸の「蜃気楼島の情熱」、
金田一初期の
名推理が光る「蝙蝠と蛞蝓」、
人面瘡と夢遊病というミステリアスな
素材を組み込んだ「人面瘡」、
個性的な5篇が集まった、
読み応えのある作品集です。

「湖泥」
村の評判の美人娘・由紀子が
祭りの最中に姿を消す。
由紀子は対立する
村の二大勢力・西神家と北神家の
それぞれの跡取り息子から
求婚され、
北神浩一郎を選んでいた。
由紀子失踪は、
そうした両家の確執の最中に
起きたことだった…。

「蜃気楼島の情熱」
パトロン・久保銀造を
訪ねた金田一は、
銀造の友人・志賀泰三の
屋敷に招かれる。
泰三はアメリカ帰りの資産家で、
瀬戸内海の小島に
竜宮城のような豪邸を建てていた。
その夜、泰三の妻・静子が
何者かによって殺害される。
犯人は…。

ただし、本作品集は
旧角川文庫には存在していません。
新角川文庫において編集し直された
作品集なのです。
ちなみに旧版では
次のように収録されていました。
「眠れる花嫁」
  →「華やかな野獣」収録
「湖泥」
  →「貸しボート十三号」収録
「蜃気楼島の情熱」
  →「びっくり箱殺人事件」収録
「蝙蝠と蛞蝓」
  →「死神の矢」収録
「人面瘡」
  →「不死蝶」収録

「蝙蝠と蛞蝓」
東京の学生・湯浅は
アパートの住人二人が
気になって仕方がない。
一人は何度も遺書をしたためながら
一向に死ぬ気配を見せない
「蛞蝓女史」、
もう一人は風采の上がらぬ男
「蝙蝠」。
ある日、蛞蝓女史が殺害され、
湯浅に嫌疑がかかる…。

「人面瘡」
「わたしは、妹を
二度殺しました」という
不可解な遺書を残して
自殺を図った松代。
彼女の脇の下には
おぞましい人面瘡が現れていた。
松代は命を取り留めるが、
その妹・由紀子が
死体で発見される。
夢遊病の松代を
目撃した金田一は…。

5冊の作品集から
この5篇が編まれているのですが、
その5冊の他の作品は
お蔵入りとなってしまっています。
「金田一耕助ファイル」というタイトルで
新版角川文庫から刊行が始まったとき、
もしかしたら旧版未収録の
改稿前作品等も収録され、
いよいよ文庫本全集が
始まるかも知れないという
期待がありましたが、
見事に裏切られました。
5篇の内容は優れているものの、
そういう意味で何とも残念な一冊です。

昭和末期、
横溝正史作品で稼ぎまくった角川文庫。
ブームが過ぎ去りかつてほどの
売り上げが期待できないとはいえ、
横溝作品に対してあまりにも
冷淡すぎるのではないかと思うのです。
金田一耕助シリーズをはじめとする
横溝探偵小説は、
日本のかけがえのない文化の一翼を
担っていると思うのです。
系統的な横溝正史文庫本全集の出版を
願っています。

(2019.9.29)

Natálie ŠteyerováによるPixabayからの画像

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